建築家が街づくりに助言 景観保全へプロの感性

 旧軽井沢。夏は若い人や家族連れでにぎわうメーンストリートも今は雪が積もり、閑散としている。 
 昨年暮れ、その一角にある「近藤長屋」を長野県庁、町役場の担当者に連れられ、建築家の團紀彦氏が訪れた。建築物と自然、周辺環境の調和を訴える團氏は、知事から委託された軽井沢町担当の「マスターアーキテクト」。「長屋」の視察が、その初仕事だ。
 長屋造りの古い木造の建物は、軽井沢の開発が始まった大正時代のものとされ、当時、作業員らの宿舎として使われていたという。
 昔の軽井沢の面影を残すとして、観光客に親しまれてきたが、昨年12月、一帯3600平方メートルを京都市のブライダル業者が買い取った。長屋を取り壊し、結婚式場を造る計画だ。秋には、入居していた土産物店なども営業を終えた。
 一部の町民や別荘所有者から、「保存を」との声が上がり、12月は、約2400人分の取り壊し反対の署名が町長あてに送られてくるなど、その風情を惜しむ声も強かった。
 團氏と職員は長屋の内部まで視察し、「維持管理にはコストがかかりすぎる。町並みに合った事業を業者と話し合うべきだ」とした。その上で、團氏は「業者に計画案の段階で、どんなものを造ろうとしているのか、聴いて欲しい」と役場に注文を付けた。
 今後、業者が具体的な計画を作り、町、團氏とともに軽井沢の景観に合う、環境を壊さない形での開発について話し合っていくことになった。
 昨年6月、県はまちづくり総合調整要領をまとめ、「とくに重要と認められる地域」にマスターアーキテクトを委嘱するとした。県はその第1号として團氏を指名。来年度の条例施行を前に、テストケースとして、團氏に軽井沢を任せることにした。
 県はマスターアーキテクト制度を含めたまちづくり条例案を2月末からの県議会に提出する。条例で、街づくりの基本計画や大規模開発、公共事業にまで「マスターアーキテクトの意見を聴き、これを踏まえて行なう」と定める。権限は「知事への助言」程度にとどまるが、開発には避けて通れない存在になる。来年度から実施したい考えだ。
 県地球環境課では「基準だけで行政が判断して決めるのではつまらない。環境や景観など数値で計れないものをマスターアーキテクトの感性に任せたい」としている。

「無秩序開発を反省」バブル後動き広がる 国交省、景観法を提出へ
 
 
景観を守ろうという自治体の動きはここ数十年、活発になっている。昨年9月までに景観条例は27都道府県、450市町村、全市町村の14%で制定されている。
 88年までは100に満たなかったのが、急増した。国土交通省は「バブル期、無秩序に開発した反省が、自治体側にもあるのではないか」と分析する。
 同省によると、自治体の街づくり審議会などで、アドバイザー的な専門家を置くケースはあるという。しかし、知事が委嘱し、地域全体から、個別の計画までかかわっていく長野県の制度は全国的にも珍しいという。
 こうした自治体側の動きの一方で、観光立国を目指す各地の条例に法的裏付けを与え、建築物の形態などの変更命令が出せる「景観法」の今国会への提出を目指している。
 同省は、景観法を含む関連法の制定で、景観上、重要な建物や緑地保全などに税制上の特例を与える。これとは別に、電線の地中化など関連予算の充実も図っている。


<まず軽井沢で実例示す> 建築家・團紀彦
 愛知万博の会場計画プロジェクトチームの委員を務めた際、環境保護の視点を失った計画に反対、主催者側と衝突した。環境をうたった国家的プロジェクトでさえ、そうした過ちを犯す。
 軽井沢は、相続や不景気で個人や企業が、別荘、寮を手放し、そこに長野新幹線開業で、開発業者らがその土地を狙っている。
 山を崩すなど環境破壊につながる悪質なものは規制を強化する一方、自然環境や景観と調和させることが可能なものは、街づくりにどう役立たせるか考えるべきだ。
 マスターアーキテクトは、まだ行政、市民に理解されていない。総合的な街づくりのための橋渡し役だ。従来の行政ができなかった実例を、まず軽井沢で示したい。

 キーワード 『マスターアーキテクト制度』

ヨーロッパなどで見られる制度で、冬季五輪が開かれたフランス・アルベールビルの都市計画で用いられたのが最近の例として知られている。マスターアーキテクトに都市計画を具体的に決める権限が与えられている。長野県は、軽井沢のほか、安曇野や八ヶ岳山麓など自然の環境と景観に恵まれた各地区にマスターアーキテクトを配置。具体的な権限はないが、知事に対して意見を述べることができる。町並みとかけ離れた外観、自然環境を損なう工法、開発に対し、行政とは違った視点での助言が期待されている。

2004年2月16日 朝日新聞

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