るにんせん

文庫版あとがき

 
二〇〇二年の夏、当時執筆中であった本書のあらすじを奥田瑛二氏にお話をしたことがきっかけとなって、映画「るにん」が氏の監督作品として制作されることになった。以後三年の歳月をかけて完成された美しい映像が今春いよいよ公開される運びとなったことを心よりお慶びしたい。
 当初より奥田監督には、私の原稿に縛られることなく、むしろ八丈島の流人史そのものを原作として自由にやって欲しいとお願いをした。本書を映画に対する原作ではなく、原案としたのもまた史実を共通の原作として、映像と本書の二作品が生まれればとの願いからだった。その後私の方からは、それを念頭に佐原喜三郎の抜け船事件を中心とする郷土資料をお伝えすることを心がけた。
 
 映画「るにん」が郷土史を題材として「愛」ををテーマに描かれた物語となったように、本書「るにんせん」は「地図」をテーマに佐原喜三郎や近藤富蔵の運命をたどることによって、郷土史の再解釈を試みている。文庫版の再版にあたっては、八丈島の歴史と風土に照らしあわせて、より厳密なものとするために初版本の細部に数々の修正を行なった。その際に御協力をいただいた伊藤宏先生にこの場をお借りして心より御礼を申し上げたい。
 元来「歴史」を意味するラテン語 ”HISTORIA”は同時に「物語」をも意味す
る言葉であったことを思えば、一見何の脈略もなく点在する史実をどのように物語として繋げるかによって歴史は構築され、語り継がれるものであるという古典的な理解を想起せずにはいられない。間宮林蔵と近藤富蔵、近藤富蔵と伊能図、伊能図と佐原喜三郎、喜三郎と豊菊、豊菊と花鳥・・。
 これまでは結び付けられることの無かった点と点を補助線で結ぶことによってそこには今まで見えなかった星座が浮かび上がることになった。「物語」はこの構図に時間と空間を与えるものとなっている。したがって本書の執筆は小説家のそれとは異なり、むしろ建築家による遺跡の復元作業と同様に作意とフィクションを最小限に抑えながら断片的と空白から再び全体像の再現を試みるものとなった。それは、点在する島々の位置を解き、海流の存在を探りながら、海図を作成しようとした喜三郎の作業と重ね合わされている。
 しかし「原作」としてなぞらえた八丈島流人史は、洋上に浮かぶ孤島群の如く未だ多くの謎を残したまま、神秘的に佇んでいる。
映画「るにん」と本書「るにんせん」がこの「原作」から産まれた二つの
HISTORIA”として親しまれ、八丈島の美しく力強い自然と歴史に対して島の内外の方々からより一層の関心が寄せられることになれば幸いである。

二〇〇五年十二月 團 紀彦

発行:新風舎 

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